2010年11月16日

つづき:警察は犯罪機関 阿久根副市長も告発!!

元警察官、現鹿児島県阿久根副市長が告発!

黒木氏の不審死についても言及。
警察は全国で1年に400億円の裏金を懐に入れる犯罪機関だ。かなり信憑性があります。
この国の権力は地に堕ちています。

http://iwakamiyasumi.com/archives/4597#more-4597

2010年11月6日、元愛媛県警巡査部長で、現在阿久根市の副市長である仙波敏郎氏にインタビューをしました。

仙波敏郎氏は、5年前に現職の警察官として初めて実名で警察の裏金を告発し、定年退職された後も全国で講演を続けている方です。警察の裏金の実態、裏金から派生する問題についてお話をうかがいました。(Part1〜Part7まであります)

101106仙波敏郎氏01 from iwakamiyasumi on Vimeo.



101106仙波敏郎氏02 from iwakamiyasumi on Vimeo.




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2010年11月06日

ジャーナリズムの真実

拡散します:

国家の犯罪を、口封じで隠しおおせる時代ではありません!! 拡散します。
身内が某国営放送の記者なので、裏事情がわかりますが、偏向報道や、報道規制はあたりまえ。事実は惨憺たるものです。これはUFO隠蔽などという世界規模の隠蔽とはスケールが違いますが、ひどいです。

黒木氏が11/3に亡くなりました。
Twitterの書き込みから数時間、これは絶対に自殺ではない!

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ジャーナリスト・黒木昭雄氏の練炭自殺に関して他殺の噂がある!
 千葉県市原市にある某寺敷地内に停車した乗用車内で、ジャーナリスト・黒木昭雄氏が練炭自殺をしている状態で発見されたが、この自殺に関して他殺の噂が流れている。黒木氏の周辺の関係者は、彼自身に自殺の動機が無いことを指摘し、11月1日に発せられた最後のツイッター上でのつぶやきが不審であると、黒木氏のフォロワーたちが声をあげているのだ。以下その一文を紹介してみよう。

【転載・拡散】本日、手配中の容疑者小原勝幸の懸賞金が300万円に増額されました。岩手県警の請託を受けた警察庁が隠したかったのはこの事実です。税金が警察の犯罪隠しに使われています。皆さん、追及の声を上げて下さい。お願い申し上げます。

出典 黒木昭雄のツイッターより 
http://bit.ly/cpQ993
http://twilog.org/kuroki_akio

 実は黒木氏は、自信のブログ『黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」』にて「連載 警察はなぜ堕落したのか」というコラムを執筆しており、警察による冤罪の捏造、キャリア官僚への批判を繰り返しており、その身を案ずる関係者、ファン、ブログ読者、ツイッターのフォロワーが多かった。
 特に、2008年10月1日に放送された、みのもんたが司会を務める「テレビ公開大捜査SP/あの未解決事件を追え」(TBS系)で関わった「岩手少女殺害事件」に拘っておりブログの中で再三にわたり、岩手県警の捜査手法を批判、指名手配を受けている容疑者とは別に真犯人がいると主張してきた。事実、この事件に関して被害者家族・加害者家族双方から再捜査依頼の出されており、ブログやツイッターで疑問を呈する人も増えている。
 黒木氏の発言により、岩手県警への批判がネット上で広がっている状態であり、既に海外のブログでも紹介され始めている。
-----以下、転載----------------------------
拡散と転載を希望します

小原容疑者に懸けられた懸賞金が今日、11月1日、300万円に増額されました。
小原勝幸をめぐる事件に、謎が多い事はこれまでに散々書きました。
しかし、「捜査中」の一言で、つぶされてきた事も事実です。ですが、この懸賞金の掛け方についてだけは、私は強力に抗議します。

もとより懸賞金はポスターの一枚に至るまで税金で賄われます。
ならば、懸賞金が懸けられた経緯を知る権利が国民にあります。しかし警察庁は答えず、
5月の決算委員会で質問すると約束した藤田幸久代議士も質問しませんでした。

「岩手17歳女性殺害事件」の裏にはとてつもないウソが隠されています。しかし、それを暴く為には個人には限界があります。私は、全ての国会議員に、なぜ小原に懸賞金が懸けられたのかの追及を要求します。その経緯がつまびらかになれば、「岩手17歳女性殺害事件」の謎も解き明かされると信じるからです。

警察庁は岩手県警の請託を受けて小原に懸賞金を懸けた。
わたしは、そう思っています。

なお、こjのブログは削除される可能性が非常に高く、前回不正に削除されたその目的は、「警察書類が懸賞金の謎を暴く」と題する本稿の抹殺と思われます。
どうか皆さん、転載をお願いします。そして、マスコミがこぞって立ち上がり追及することを望みます。

黒木昭雄

http://blogs.yahoo.co.jp/kuroki_aki/17626560.html
http://blogs.yahoo.co.jp/kuroki_aki/3939440.html

http___img2.blogs.yahoo.co.pdf

http2___img2.blogs.yahoo.co.pdf

http3___img2.blogs.yahoo.co.pdf

pdfファイルのつづき! テキストで追記します。

疑問その4<アリバイ>
佐藤さんが殺害されたと推定される30日から1日にかけて、小原容疑者は弟の家にいた。県警は「共犯者はない」というが、だとすればこの間、佐藤さんはだれと一緒だったのか。
7月1日、小原容疑者は朝から夜にかけて、弟のほか旧知の男性宅などで過ごしており、死体遺棄現場まで約90キロの距離を往復する時間的な余裕はない。
しかも、佐藤さんの遺体が発見された夕方以降に1度外出して戻ってきた小原容疑者は、それまでとは一変していた。旧知の男性は、あまりの豹変ぶりに驚いたという。
「家の中に入るように言っても、車の運転席に座ったまま、泣きながら取り乱してた。その2時間半ほど前までは普段どおりだったので、この間に何かがあったとしか考えられません」
夕方以降、何らかの形で佐藤さんが殺されたことを知ったのではないか。

懸賞金の一方で情報黙殺の県警

疑問その5<消えた遺留品>
県警は殺害現場を「小原容疑者の車の中」と断定している。「佐藤さんの毛髪と履き物が見つかった」ことがその理由だという。しかし、それは佐藤さんが車に乗った証にはなっても、そこで殺された根拠にはならない。しかも不思議なことに、車内から見つかったのは、佐藤さんの遺族が「娘のものではない」という赤いパンプスだった。
あの日、佐藤さんが履いてでかけたのは「キティちゃんのサンダル」だったとういう。
また、小原容疑者が自損事故後、運転席上の日除けにはさんであった名刺入れから岩手県警刑事らの名刺が抜き取られていた。車に残されていたのは、小原容疑者がふだん使っている鍵ではなく、なぜかスペアキーだった。
謎はまだある。

疑問その6<断崖の上のタバコ>
小原容疑者は、佐藤さんの死体が見つかった翌日の7月2日朝、親類に頼んで約20`離れた鵜ノ巣断崖近くまで車で送ってもらっている。そして翌3日の夕方、断崖の突端付近から小原容疑者の免許証、財布、サンダル、タバコなど、多くの遺留品がたまたま清掃に来ていた田野畑村役場職員によって見つかった。サンダルは、小原容疑者が履いていた白ではなく、青地に赤い縞模様だった。
タバコにも謎がある。父親によれば、小原容疑者はタバコを持っていなかった。車で送った親類も「途中では買っていない」と証言し、降車地点の近くに売店や自販機もない。あぜ、タバコが残されていたのか。

疑問その7<逃亡の可能性>
小原容疑者が最後に目撃されたのは、断崖で携帯を手に笑いながら話している姿だった。それでも、県警の見立て通り「偽装自殺」だとすれば、小原容疑者は白昼、財布も持たず、裸足で逃げたことになる。高校卒業以来、定職につくことなく、その日暮らしをしてきた小原容疑者が一切の連絡を絶ち、どうやって逃走を続けられるというのだろう。
 
■ ■

なにより不可解なのは、これだけの疑問にもかかわらず県警が捜査を尽くさないことだ。
たとえば、前述した「殺害現場」とする小原容疑者の車の中に出入りした関係者への事情聴取や指紋照合をしていないことだ。
たとえば、小原容疑者から連絡を受けた旧知の県警刑事は、
「今、鵜ノ巣断崖にいる」
「これから死ぬ」
と聞いたにもかかわらず、現場へは向かっていない。
たとえば、清掃作業中の田野畑村職員が小原容疑者の遺留品を見つけたのは3日の夕方だが、県警は周辺の捜索を翌日に回した。しかも小原容疑者の自宅を訪れた刑事は家族に、
「警察犬は実費で分単位で金がかかる」と警察犬の出動を渋ったという。

これを東北地方で起きた、ひとつの殺人事件と片付けるわけにはいかない。
なぜなら、昨年11月、警察庁が指名手配犯についての情報提供を呼びかけ、100万円の懸賞金をかけたからだ。
オウム事件など警察庁が指定する重要事件でもなく、事件から4ヵ月で捜査が行き詰まっていたわけでもない。にもかかわらず、指名手配して懸賞金までかけるのは極めて異例だ。
その一方で、事件に関連する重要な情報を黙殺しているのだ。
5月13日、指名手配犯の家族と殺害された被害者の家族らが、岩手県警と岩手県公安委員会、警察庁、国家公安委員会に「情報提供書」を提出した。事件前後に容疑者と接触した関係者から聞き取った内容を整理した70枚にも及ぶものだ。

県警がひた隠す恐喝事件の影

つまり、被害者の遺族、加害者とされる指名手配犯の家族、そして事件前後に容疑者と接触をもった友人や関係者までが一様に再捜査を求めるという異例の展開になっているのだ。
県公安委員会は「情報提供書」を受け取った後、岩手県警刑事部長に「捜査するべきことがあれば捜査していただきたい」と伝えたと言うが、公表されている議事録にそのくだりはない。
岩手県警は「(提供された情報提供)を参考にさせていただく」として捜査を続けているというが、事件関係者のなかで、その後岩手県警から連絡を受けたのは容疑者の恋人だった女性ひとりだけだ。しかも、届いたメールhttp://blogs.yahoo.co.jp/kuroki_aki/1604857.htmlは次のようなものだった。
<元気?/最近どう?/何か変わったことない?>(5月14日)
<メールの返事こないんだけど、具合でも悪くしてた?>(5月22日)
これでは、指名手配や懸賞金は、捜査意欲を装う細工と言わざるをえない。
事件の経緯を詳細にたどっていくと、佐藤さんが遺体で見つかった翌日、県警がパッタリと動きを止めたことがわかる。ミステリーとも呼びたくなるような捜査機関のサボタージュの裏にいったい何があるのか。
じつは、謎を解く鍵がある。
少女殺害事件が起きる1年ほど前の07年5月1日、小原容疑者はある事情から恐喝事件に巻き込まれていた。現場に立ち会った小原容疑者の弟によれば、岩手県内のある男性から日本刀の先端を口に突っ込まれて120万円を支払うように求められたというのだ。その際、小原容疑者は連帯保証人としてある女性の名前を書き残していた。
<佐藤梢>
それは、殺された被害者と同姓同名の、当時の恋人だった。
小原容疑者の前にふたりの「佐藤梢」が登場したことになる。
ひとりは、殺された小原容疑者の知人で、もうひとりは小原容疑者の元恋人である。偶然にも、ふたりは高校の同級生だった。
友人の一周忌を前に、小原容疑者の元恋人だった佐藤梢さん(18)は意を決して口を開いた。
「梢ちゃんは私とまったく同じ名前だったばかりに、恐喝事件に巻き込まれて、私の身代わりに殺されてしまったんだと思います。本音を言えば、ずっと黙っていたかった・・・・・・。でも、それでは、梢ちゃんがなぜ殺され、カッチ(小原容疑者)がなぜ消えてしまったのかがわからないままになってしまう」
そこで息を継いだ。
「県警は事件をつぶそうとしているようにしか見えません。そしてマスコミも『疑惑の指名手配』を追及しない。このままでは真実が消されてしまいます。だから、私の知っている事をお話しします」

----追記:その2-----
週刊朝日:2009年7月10日号(第2弾)




三陸ミステリーA
『疑惑の指名手配』
【少女殺人事件の陰に隠された真相】
「あの恐喝事件をなぜ、県警は握りつぶすのか」
ジャーナリスト黒木昭雄

リード
岩手県で17歳の佐藤梢さんが殺害されて1年。
岩手県警が指名手配した小原勝幸容疑者は真犯人なのか。容疑者の元恋人で被害者と同姓同名の佐藤梢さんが、本誌先週号で「彼女は、容疑者が脅されていた恐喝事件に巻き込まれて殺されたのでは」と証言した。今週号では、県警がなぜか黙殺する恐喝事件の全容に迫る。



〈前号の要旨〉
 08年夏に岩手県で、無職の佐藤梢さん(当時17)が遺体で見つかった。県警は岩手医科大の死亡推定時刻を無視したり、小原容疑者の遺留品に不自然なことが続いたり、右手をけがしている小原容疑者が首を絞めて殺せるのかという疑問が残ったりと、謎だらけだ。また、殺人事件の陰で、全国に指名手配された小原容疑者が被害者となった恐喝事件が起きていた。このとき保証人とされた佐藤梢さん(18)は小原容疑者の恋人で、被害者と同姓同名だった。
「彼女は私の身代わりにされのだと思います」
梢さんが口を開いた。


本文
殺人の疑いで全国に指名手配された小原勝幸容疑者(29)の交際相手だった佐藤梢さん(18=以下、梢さん)は、ふたりの馴れ初めから振り返った。
「カッチ(小原容疑者)と知り合ったのは07年2月のバレンタインデーのころでした。殺された佐藤梢ちゃん(当時17)とふたりで宮城県内のショッピングセンターでプリクラを撮っているとき、2人組から声をかけられたんです。カッチは優しそうだったので、そのまま付き合うようになったんです」
 出会いから2カ月半ほどたった5月1日、梢さんは、小原容疑者の弟(23)の仕事場を訪ねるのに付き添った。この弟は三男だった。
「Zさんに謝罪するから一緒に行ってくれないか」
 Z氏は30代半ばで、地元で遊ぶ若者たちの元締めのような存在だ。そのZ氏が、前年の秋に、型枠大見習いの仕事を紹介した小原容疑者が数日で逃げ出したことに腹を立てていると聞き、謝りに行くというのだ。
そして、小原容疑者ら3人は、岩手県内のZ氏の自宅を訪れた。梢さんだけが車の中に残り、ふたりは家に上がった。
三男によれば、Z氏の家で繰り広げられたのは、次のようなやりとりだった。
小原容疑者が日本酒の一升瓶を差し出して非礼を詫びたところ、Z氏は日本刀を抜いて、刃先を小原容疑者の口に入れた。
「俺の顔を潰したんだから、120万円払え」
 関東地方の大工に頭を下げに行ったりした費用も含めて支払えと迫った。Z氏はさらに頭を2、3回殴ると、借用書を書かせたうえで、保証人を立てるよう小原容疑者に求めた。
 その場にいた三男が「巻き込まれたくない」と拒むと、Z氏は、
「じゃあ、指を置いてけ」
 と言い、包丁を持ち出した。小原容疑者の左小指の上に置き、クリスタル製の灰皿で包丁の背をコツコツと叩いたのだ。まもなく、小指には血がにじんだ。
「ほかに、保証人になるやつはいないのか」
 Z氏から追いつめられ、
小原容疑者が書いたのは、外に待たせていた恋人の名前だった。
〈佐藤梢〉
 さらに、梢さんの携帯と勤務先の電話番号を記した。
「カッチが車に戻ってきたのは2時間ほどしてからでした。そのとき、白いジャージの太ももに赤いものが点々とついていて、小指から血が出ていました」
 梢さんはそう振り返る。
 その後も、小原容疑者は金を払うことなく逃げ続け、梢さんの携帯にも催促の電話がかかってきた。そして、あるとき「全国指名手配」という携帯サイトを見たことで、もはや逃げ切れないと観念したという。
〈こいつは金を払わず逃げ回っているとんでもないやつです。見つけたら連絡下さい〉
 そこには、小原容疑者の顔写真と名前が公表されていた。Z氏が120万円の支払いを求められてから約1年後のことだ。
 そこで08年6月3日、小原容疑者は梢さんと一緒に岩手県警久慈署を訪れ、被害届を出した。その後、事件を目撃していた三男も呼び出され、6月22日に事情を聴かれている。
 ところが、その6日後、小原容疑者はなぜか突然、被害届を取り下げると言い出した。当時のことを梢さんが振り返る。
「被害届は一緒に出しに行きましたが、カッチとは別れたいとずっと思っていました。働かないくせに、私に暴力をふるったり怒鳴ったりするからです。この日、盛岡競馬場の駐車場で待ち合わせしていたのですが、カッチの車にはガソリンも少なく、お金ももっていないことがわかっていたので、逃げるなら今しかないと思ったのです」
 梢さんは競馬場から電車を乗り継いで宮城県内の実家に戻った。午後2時すぎ、携帯電話が鳴った。
「被害届を取り下げるから戻ってきてくれ」
 小原容疑者だった。しかし、梢さんにすれば、120万円の支払いの保証人である自分を連れ戻すための口実だろうと考え、誘いには応じなかった。
 その夜、小原容疑者は午後9時半ごろ、梢さんの代わりに、梢さんをナンパしたときに知り合った佐藤さん(以下、佐藤さん)を呼び出した。
午後10時半、佐藤さんの実家近くのコンビニで待ち合わせている。
この前後、実家にいた梢さんに佐藤さんから連絡が入ったほか、メールを
6回交換している。
「あのとき、彼女の横にはカッチがいたんじゃないかな。まるで代わりに聞いているみたいな質問ばかりだったから」(梢さん)
佐 −−勝幸とはどーしてるの?
梢  〈きょう、別れた〉
佐 −−これからどうするつもり?
梢  〈わかんない。だけど、もうヤダ〉
 最後のメールが届いたのは29日午前零時半ごろだった。一方、小原容疑者はその1時間半ほど後、盛岡市内とみられるガソリンスタンドで、右手を白い布で覆った姿が防犯カメラに記録されている。その後、次男(26)の家などにひとりで身を寄せた。

警察で証言した日本刀での脅し

 そして30日昼ごろ、小原容疑者は久慈署の担当刑事に被害届けの取り下げを申し入れたが、断られた。その夜、父親の一司さん(53)に詳しい事情を説明することなく、あらためて取り下げたいのだと話した。一司さんが久慈署の担当刑事に電話でその要望を伝えた。しかし、刑事はこう語った。
「もうあと2、3日で逮捕するから、被害届は取り下げないでほしい」
 刑事は、家族の安全も守るから、と付け加えた。一司さんは、県警の捜査への前向きな姿勢に被害届の取り下げを断念する。
翌7月1日午後4時半、佐藤さんは小原容疑者から呼び出されたコンビニから約180キロ離れた岩手県川井村の沢で遺体で見つかった。何者かによって首を絞められて殺害されていた。
 小原容疑者が警察に被害届取り下げの申し入れをしたのは、岩手医科大が〈6月30日から7月1日〉とみる佐藤さんの死亡推定時刻とちょうど重なる。この間、小原容疑者は佐藤さんとは一緒ではなかった。
 小原容疑者がなぜ被害届を取り下げようとしたのかは定かではない。ただ、はっきりしているのは、県警が恐喝事件で容疑者逮捕へと動く前に佐藤さんが殺されてしまった、ということだ。
梢さんはこう推測する。
「カッチはだれかから被害届けを取り下げるように迫られていたんだと思います。でも、できなかったので、代わりに保証人の私と同姓同名の彼女が殺されたとしか考えられません」
だから、被害届の取り下げを思いとどまらせた県警はその後、この恐喝事件をまったく調べようとしない、というのである。そればかりか、被害届けさえなかったことにしようとしているのだ。
 昨年10月末、小原容疑者の父、一司さん(53)は県警宮古署に出向いて質問状を出した。
〈息子(小原容疑者)から「恐喝と傷害、銃刀法違反の容疑での被害届を受理したかどうかの有無を教えてください〉
 すると副署長は口頭で、
「答えられません」
 と回答した。
 しかし、一司さんは殺人事件の後、容疑者の父親として事情を聞かれた際、被害届を見たという。
「自宅に近い岩泉署に呼ばれて話を聞かれたとき、勝幸(小原容疑者)が出した被害届があるのを、確かに見たのです」
 実際に恐喝事件現場に立ち会った三男も、
「お前の兄ちゃんが困ってるから、あのときのことを話してくれ。署にこなければ、お前も逮捕することになるかもしれないぞ」
と呼び出された久慈署で被害届けを目にしている。
「兄貴が日本刀でおどされたことや指を詰めさせられそうになったこと、保証人として梢ちゃんの連絡先を書いたことなどを3時間以上話しました。Z氏の部屋の見取り図も描いてます。そう俺が話している間、刑事さんは兄貴の供述調書を見ながら内容を照らし合わせていたんです」
 佐藤さんの遺体が発見された翌日の7月2日午前5時、県警が問い合わせの電話を入れたのは、殺された佐藤さんではなく、恐喝事件で小原容疑者の保証人にされた梢さんの家だった。
「娘さんはいますか。生きてますか」
 受話器を取った父親は、早朝の問い合わせを不可解に思いながらも、「梢は寝ています」と伝えた。
 おそらく同姓同名の佐藤梢さんを取り違えたのだろうが、県警はなぜ、梢さんの連絡先がわかったのか。梢さんは次のように語る。
「県警が私の連絡先を知ったのは、(梢さんと小原容疑者が)被害届けを出した久慈署に被害届を出しに行ったとき以外に考えられません。私も久慈署の刑事さんの携帯番号を知っています」
つまり、県警こそ、殺人事件と恐喝事件との接点に最初に気づいたということになるのではないか。
これだけの証言にもかかわらず、岩手県警は被害届けの存在そのものも認めようとはしない。そこには認めたら不都合な真実があるのだろうか。
「恐喝事件を解決する前に、恐喝事件の被害者である小原容疑者の関係者が殺されてしまった。県警はその失態を隠そうとしているのではないでしょうか」
 そう、梢さんは言う。
仮に殺人事件との関連がなくても、県警は恐喝、或いは銃刀法違反の容疑だけでZ氏の「恐喝事件」
に着手できたはずだ。だが捜査の手を伸ばした形跡はない。 
そこで、私はZ氏を直撃することにした。
岩手県沿岸部にある自宅を訪れ、呼び鈴を押した。間もなくガラガラと玄関の引き戸が開き、刈り上げ頭のZ氏が現れた。私は単刀直入に切り出した。
「小原勝幸の事件で取材しているんですが」
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         週刊朝日:2009年7月24日号(第3弾)
         【殺人事件のキーマンを直撃・被害届取り下げのナゾと「真犯人」




三陸ミステリー「疑惑の指名手配」
恐喝事件のキーマンを直撃!
被害届取り下げのナゾと「真犯人」 (bP)
岩手県で17歳の少女が殺された事件の「犯人」とされる
小原勝幸容疑者は、恐喝事件の被害者でもあった。
なぜか被害届の取り下げに動いていたころ、少女は殺されたと
見られる。二つの事件の接点が浮かび上がった。しかも、岩手県警は
事実上、捜査を放棄している。私は、恐喝事件を起こした
Z氏を直撃した―――。


(bP)                         ※文字数オーバーのため分割します

玄関に現れたZ氏は落ち着きなく視線を泳がせた。
「何のことでしょうか」
私は、17歳少女殺人事件で全国指名手配されている小原勝幸容疑者(29)への恐喝事件についてたずねることにした。
現場にいた小原容疑者の弟(23=三男)によれば、事件は次のようなものだった。
Z氏は以前、小原勝疑者に仕事を紹介したにもかかわらず、彼がすぐに逃げ出してしまったために顔をつぶされたことに腹を立てていた。
そして07年5月、小原容疑者が弟と一緒に謝罪に訪れると、その口に日本刀をくわえさせ、謝罪のため120万円を支払うことを了承させた。 
Z氏はそれより前にも、小原容疑者を捜して実家を訪ねたり、弟に「お前の家を焼き払うように上から言われている」と口にしたりしていた――。
「私は日本刀なんて持ってませんよ。ただ、頭を2、3発殴っただけです。それに、払うように要求したのも10万円だけです」
Z氏は否定し、「間違ったことを書いたら謝罪を求めますよ」と付け加えた。
小原容疑者が岩手県警久慈署に被害届を出したのは、恐喝されてから約1年後の昨年6月3日。その直前、「全国指名手配」という携帯サイトで自分の名前と顔写真が公表されているのを知って怖くなったからだという。
ところが、それから1カ月もたたない同30日までに、小原容疑者は久慈署の担当刑事に「被害届を取り下げたい」と伝えている。30日の夜には、父親を通じて再度、取り下げを求めたものの拒まれた。小原容疑者が、佐藤梢さん(当時17=以下、佐藤さん)を誘い出した2日後のことだ。
また、岩手医科大が出した佐藤さんの死亡推定日時は、小原容疑者が被害届を取り下げを求めた「30日から翌7月1日にかけて」。被害届取り下げの動きと佐藤さん殺害のタイミングが一致している。
それだけに、小原容疑者が被害届を取り下げようと考えた理由が、殺人事件の重要な鍵となっているように見える。
小原容疑者の父親の一司さん(53)は、小原容疑者から「(Z氏の)脅しが弱まったから」と聞かされたというが、この説明は腑に落ちない。
殺人事件の直前まで小原容疑者と行動をともにしていた元交際相手の佐藤梢さん(18=以下、梢さん)によれば、被害届を出した後、Z氏側から「カネは支払わないでいい」などともちかけられた事実はない。むしろ、120万円を用意できずにいたので「つかまったら殺されるかもしれない」と怯えていたという。
つまり、小原容疑者が自発的に被害届を取り下げようとしたとは考えにくい。
だとすれば、だれかに強制的に取り下げるよう求められたのではないか。もっとも疑いが濃いのは、恐喝したZ氏自身だろう。
 Z氏はなんらかの形で被害届のことを知って取り下げを求め、実際に取り下げられるまでの間、「人質」をあずかることにした。その「人質」が、小原容疑者から28日夜に呼び出された同姓同名の佐藤さんだったのではないか。小原容疑者は、Z氏に出した念書に「保証人」として梢さんの名前を書いていた。しかし、「人質」を要求された時点では、梢さんに逃げられていた。そこで急遽、佐藤さんを「代役」として誘い出した。Z氏は、同姓同名とは知らないまま佐藤さんの身柄をあずかった。だが、小原容疑者は被害届の取り下げに失敗した際、担当刑事から、「あと2、3日で(Z氏を)逮捕するから、被害届けは取り下げないでほしい」と告げられている。Z氏は追い込まれていたのだ。そのうえ、佐藤さん監禁の罪まで問われかねない状況にあった―――。
そう考えた私はあらためて、Z氏を直撃した。
 ――小原容疑者に最後に会ったのはいつか。
「昨年の正月です」
 恐喝事件の約半年後ということになる。だが、Z氏を恐れて逃げ回っていた小原容疑者が会いにいく理由は見当たらない。当時、一緒に暮らしていた梢さんも「あの頃は宮城県内にいました」と言い、Z氏の答えに疑問を投げた。
――被害届けを取り下げるよう求めたのではないか。
「小原が被害届を出していたことさえ知りませんでした。だから、私が取り下げさせようとしたことはありません」
 Z氏はそう否定した。
――では、6月29日から7月2日までのアリバイはあるか。
「6月29日は日曜日で、体調が悪く自宅で寝ていました。6月30日からも2、3日、会社を休んで家にいました。その間、近くの病院に行ったりしました」


警察ビラで消滅「犯人」の2文字

まさに佐藤さんが誘い出されてから遺体で見つかるまでの間、Z氏は「自宅にいた」というのだ。
しかし、このアリバイは簡単に崩れた。Z氏とともに病院で診察記録をたずねると、「最後に来られたのは昨年の5月19日ですね」
というのだ。殺人事件の1ヵ月前である。
すると、Z氏は、「ああ、勘違いでした」と悪びれずに訂正した。ただしこの間、「会社を休んで自宅にいた」という説明は変えていない。受け答えには曖昧な部分も残り、疑念は膨らむ。とはいえ、Z氏が犯行にかかわったという証拠もまた、ない。

 × ×

小原容疑者が消息を絶ってちょうど1年になる7月2日、父親の一司さんらは久慈署を訪ね、小原容疑者が出していた恐喝事件の被害届についてたずねた。
「被害届は出ています。ただ、受理したかどうかは(殺人)事件と関係あるので、お答えできません」
 久慈署副署長は、被害届の存在を初めて認めた。また、県警が恐喝事件と殺人事件の関連を認識しているともにおわせた。しかし、重ねて聞くと、
「(二つの事件が)関連あるかないかは、捜査に関することなのでお答えできません」
 と前言を翻した。そのうえ、久慈署副署長はこう言った。
「もし、また(Z氏のところで)日本刀をみかけたら連絡してください」
なんとも人を馬鹿にした対応である。
 殺人事件の捜査本部がある宮古署は7月、情報提供を求めるビラ1500枚を刷り直した。
〈17歳(当時)の少女が殺害された事件です〉
 じつは、この文言は一部修正されていた。県警はこれまで、
〈17歳(当時)の少女を殺害した犯人です〉
 と印刷していたのだ。「犯人」をはずし、「事件」と書き換えたのはなぜか。県警刑事企画課では、
「別に意味はない。意味も変わらない。いまも、小原が犯人だと考えています」と説明するが、意味がなければわざわざ書き換える必要はない。

ここで反対に、小原容疑者が犯人である可能性について検証してみよう。焦点となるのは、小原容疑者が負っていた右手のケガだ。
 6月29日午前2時すぎ、盛岡市内と見られるガソリンスタンドの防犯カメラが小原容疑者の姿をとらえていた。このとき、右手には白い布を巻いている。
 小原容疑者の右手の傷をみた医師によると、
「傷は右手の甲に3カ所。丸みを帯びた形状の鋭利なもので刺されたような痕があった。握力はゼロに近かった」
 という。
 県警の刑事が父親の一司さんにした説明は、
「佐藤さんを殺害する際に抵抗されてケガした」
だった。であれば、佐藤さんが最後に宮城県内のコンビニで確認された28日午後11時すぎから、小原容疑者がガソリンスタンドに現れた29日午前2時半までの約3時間半の間に、犯行が行われたことになる。
 しかし、先にも述べたように、岩手医科大による死亡推定日時は、
〈6月30日から7月1日〉
 で、時間的に合わない。 
もっとも、県警はこの発表の直後に、「沢の水に浸かっていた」という理由で、死亡推定日時を、佐藤さんが行方不明になった「6月28日深夜」から、佐藤さんの遺体が発見された「7月1日午後4時半」までの4日間に広げたのだ。
 だが、「沢の水に浸かっていた」ことは鑑定時から織り込みずみのはず。この変更は不自然だ。
また、6月28日朝から7月2日朝まで、小原容疑者が身を寄せていた弟(26=次男)や友人たちは、
「あの小心者の勝幸が人を殺して、あんなに平然としていられるとはとても思えない」
と首をかしげる。
佐藤さんの遺体が発見された7月1日の午後、小原容疑者と一緒だった知人(56)によると、小原容疑者はこの日の夜、態度を一変させたという。知人が言う。
「私の家で、久慈署の刑事と電話で談笑したりしていたのに、外出して午後8時ごろ戻ってくると、顔は青ざめ、車の運転席に座ったまま『俺はもうダメだ』などと言って泣きじゃくり出したのです。明らかに気が動転していました」

偽装自殺で逃亡「不可能」な理由

遺体が見つかったのは1日午後4時半ごろ。遺体発見のニュースが流れて動揺したというのなら、理解できる。だが、午後8時の時点で警察はまだ発表していない。とすれば、急に泣きじゃくった理由は別にあるはずだ。
たとえば、真犯人は別にいて、恐喝事件の被害届けの取り下げ失敗に絡んで佐藤さんが殺されたことを何らかの形で知らされた、とは考えられないだろうか。
さらに、小原容疑者には、佐藤さん殺害の動機も見当たらない。逃げられた梢さんの身代わりに佐藤さんを「人質」として差し出そうと企んでいたのなら、殺してしまっては目的を達成できなくなるからだ。
そもそも、小原容疑者が真犯人なら、わざわざ被害届を取り下げようと警察に連絡するだろか。できるだけ警察との接触を避けようとするのが自然だろう。こうして見ると、小原容疑者を真犯人と断定するには矛盾が多すぎる。
もうひとつ、県警の描くストーリーで解せないナゾがある。小原容疑者が「偽装自殺」をして「逃走」したという見立てだ。小原容疑者は7月2日朝、父親には「久慈署へ行きたい」と伝えながら、親戚の車に乗って途中で2度、行き先を変更し、鵜ノ巣断崖へ向かった。
 そして、断崖から梢さんと知人に連絡し、
「これから死ぬ」「もうダメだ」「来るなよ」
 などと伝えている。
 しかし、電話を受けた知人の男性はあわてて断崖まで行ったが、小原容疑者は携帯電話でだれかと談笑していたので、安心して引き返した。
 この男性は証言する。
「言葉ほど深刻には見えませんでした」
じつは、携帯電話の話し相手は久慈署の刑事だった。だが、この刑事もほかの警察官も、だれも現場に駆けつけなかった。
現場の遺留品にも不可解な点がある。
小原容疑者は朝、家をでるときにタバコをもっていなかった。親類によれば断崖に行く途中には買っていない。断崖の周辺にもタバコを扱う売店や自動販売機はない。なのに、なぜか断崖の上にタバコが置かれていた。これはだれのものなのか。
 さらに、小原容疑者が履いていたサンダルは白なのに、青地に赤い縞模様のサンダルが残されていた。このサンダルもまた、だれのものなのか。

遺留品が見つかった断崖の突端から駐車場までは500メートルの距離がある。小原容疑者が自殺を偽装したとしても、観光客も訪れる白昼に、だれにも見られずに駐車場に戻り、しかも車もないのに逃げきることは不可能に近い。
 それなのに県警は、地元の村の職員が3日夕方に遺留品を見つけても捜索を翌日に延ばしたうえ、消防団や警察犬の助けを借りようともしなかった。そして、「自殺を偽装して逃走した」と決めつけた。どうして断定できるのか。
これまで書いてきたように、被害届をめぐる諍いが殺人事件を招いたのだとすれば、真犯人は、真相を知る小原容疑者の口を封じようと考えるだろう。同時に、自殺を偽装して逃げたと見せかけることで、佐藤さん殺害の罪を小原容疑者になすりつけたまま事件を迷宮入りさせることができる。
この推理が正しければ、県警は、ふたりの犠牲者を出したうえ、真犯人を取り逃がしていることになる。そう疑われるにもかかわらず、県警が捜査を尽くそうとしない理由はひとつしかない。
失態を隠しているのではないか。
@ 恐喝事件の被害届を受けながら解決する前に佐藤さんが殺されてしまった。
A そのうえ小原容疑者も事件に巻き込まれた可能性がある。
このふたつの失態である。
そうとでも考えなければ、懸賞金をかけて情報提供を募りながら、私も協力して提出した関係者の証言録などを無視し続ける理由が理解できない。
 梢さんは6月30日、殺された同姓同名の元同級生、佐藤さんの遺族宅を訪れた。
「だれが殺したかはわからない。でも、梢ちゃん(佐藤さん)は私の身代わりになったに違いない。だとすれば、私が保証人にされていた恐喝事件にからんでのことでしょう。彼女がなぜ死ななければならなかったのか。私は真相が知りたいんです」
 梢さんは遺影に手を合わせた。県警は、梢さんのこの言葉もこのまま黙殺するのか。

posted by dog_gett at 00:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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