2012年11月10日

プロジェクト・レッドサン

「赤い太陽計画」:オルドリンとアームストロングは1970年に火星に行ったのか?
"Project Redsun"

複数の証言があることから、この情報の信憑性が高まってきました!!
http://www.angelismarriti.it/ANGELISMARRITI-ENG/home-ENG.htm

エドウィンE"バス"オルドリンらしき人がこの写真に撮られています。
火星遠征への初有人宇宙計画の司令官としてです。
ここに、彼は火星表面を歩いています、それは1970年のことでした。
これは本当にあったことなのか?
ルカ・スキャンタンブロが接触した"bravoxsierra24"さんが情報源です。
redsun.JPG<

プレスリリース-証言を紹介:
極秘の軍事宇宙計画であるプロジェクト・レッドサン(赤い太陽計画)が存在したかどうかについて議論をするための証言として作成された、報道用資料です。
これは70年代に実施され、火星に基地を建設するための計画でした。
情報源は、"bravoxsierra24"です。メールで私(ルカ・スキャンタンブロ)にコンタクトしてきた人です。
このプレス資料と写真の再作成は可能です。
文章は、イタリア語で2011年4月17日に公開したものをベースとしています。
----- ---- --- ---- --- ----- --- --- ----- --- --- -- ---
 2010年7月、8月にある個人が私に接触してきて、彼自身が名乗る素性を明かしました。
しかしそれを確認できそうにはありませんでした。
ルカ氏のインタビューや記事やWebページに長い間着目し、彼の真摯な追究する姿勢を知った上で連絡してきた、と言っています。
3つのメールを受け取り、2回目の接触の時に、デジタル写真データが添付されていました。
最後のメッセージで、アポロ19号の搭乗員について情報をもらいました。
(これは、私から誘導することなくいただいた情報であり、アポロ19号の第3番目の乗組員が誰であるかに関して私が既に知っていたこと、そして有り得ると信じていたことの裏づけとなる情報でした。)

 集めた証言について吟味した結果、アポロ19号とは、秘密のアメリカ-ソ連の宇宙共同ミッション(アメリカにとって、それはNASA-国防省のオレンジ・ミッション)でした。
これは、1976年2月に宇宙空間にて劇的な事故を体験しました。
 Youtubeユーザーがインターネットに拡散したいくつかのアポロ19号、20号のビデオについて、その接触者は、多少の困惑を示していました。(そのいくつかは、コンピュータグラフィックによって"極端に品質が劣化"されていた、そうです。)
 しかし、彼はこの二つの極秘アポロ・ミッションがあったことを認めました。彼はそればかりか、既によく知られた(訳注:軍ではなく)NASAのアポロ計画の深い情報を知らせました。
アポロ計画からの資料の何かがおかしいと信じる人にその証拠を与えています。

 彼は、アポロ11号計画を"大きなお笑い種のアポロ11号"と呼んでおり、彼によると常に「この計画は一握りの科学者と宇宙飛行士と軍事戦略家グループの強大な統治下で実施されていた」計画であったようです。
(これは、私の意見では、アメリカ人が月に行っておらず、月面を歩かなかったということを意味しているのではもちろんありません。)
彼のキャリアについて触れると、ヨーロッパのある国(削除しました)の退役軍人であると思われました。彼は私に氏名を明かしたにもかかわらず、私はこれを確認することができる権限ある立場にはありません。彼を保護する観点から、アイデンティティを隠して、私が自作したニックネームで彼を扱うようにしました。これが"bravoxsierra24"という名前です。

 これまでの研究において、(科学者に属している)内部告発者と思われる人間から証言を得るのは、初めてではありません。これにもかかわらず、過去には、偽情報をつかまされたこともあります。その目的とは、私をわき道へつれていき、混乱させることだけでした。
 未知の領域には、必ずトラップがあり、動機を確かめるのは簡単ではありませんし、人物の信憑性を確かめるのも簡単ではありません(彼がよい動機がありそうに見えても、です)。
しかし、通常は、彼らは暴露したいだけなのです。

 2010年の夏に接触してきたこの人のケース、つまり、公衆とジャーナリスト/宇宙計画の歴史家に向けて私が公開しようとしている情報をリークすることに責任を負うこの人のケースでは、数ヶ月待ち、クロスチェックを通して彼が私に伝えた驚愕の事実を検証しようと試みるほうがよいと私は感じました。
 なぜなら、これは数回の火星への有人宇宙飛行計画を人類が成し遂げていたらしい、という情報だったからです。しかも、アメリカ-旧ソ連の共同計画の成果として。

 1970年に最初に火星に着陸した人は、2名のアメリカ人です:
エドウィン・E・"バズ"・オルドリン(今日 Buzz Aldrin)そして二ール・アームストロング。
公式の歴史でも1969年7月(アポロ11号)、LMイーグルの着陸後に、最初に月面を歩いたのと同じ祝福すべき宇宙飛行士たちです。

 火星(赤い惑星)に基地を建築するため、70年代には13もの有人宇宙飛行が実施されました。
このインサイダー"bravoxsierra24"の証言によれば、ミッションを遂行するための計画のコード名は、"プロジェクト・レッドサン"(赤い太陽計画)でした。
1960年に始まり、1970年に成果を挙げました。

 この計画は、旧"プロジェクト・ホライゾン"をベースとして発達したものです、彼の言葉を借りればこれは"月面に基地を建築する"ためのものでした。
 最初の有人火星飛行に利用されたロケットは、改良版サターンVでした。1970年に3名の宇宙飛行士を乗せて発射されました。(3名のうち2名 -オルドリンとアームストロング-が、赤い惑星に降り立ちました。) それに続くミッションは、もうひとつのロケット"サターンVIII"を利用していました、
スペースシャトルに似ており、利用しやすいロケットだった、と彼はコメントしています。
 発射台については、ブラジルの秘密の完全に孤立した地域に置かれていました。指令室は、彼によれば最初の3つのミッションは、フロリダ州のココア・ビーチに置かれていたとのことです。
それ以外は、ネバダ州の悪名高き"エリア51"に置かれていました。

 このプレスリリースの証言に、私はこの隠された真実のドキュメンタリーとして用意されたムービーからのスナップを一つ添付します。この写真は、バズ・オルドリンの肖像が宇宙服を着ています。
火星表面を歩いているのです。
オルドリンは最初の有人火星計画の司令官だったようです。サターン計画"WPXVI"と呼ばれていました。

 宇宙探検の信じがたいこの秘密のページの手がかりと証言は存在します。私は2011年3月にアポロ19号の司令官とおぼしき"moonwalker1966delta"さんからの文書に触れることができます。
プロジェクト・レッドサンの証拠文書は、軍事計画としての月面探索計画につながるアポロ11号の活動についての彼のコメントで確証されていました。この最後の話題については、私の意見を後日述べることとします。
 そればかりではなく、同じアポロ19号司令官"moonwalker1966delta"さんは、すでに他の私の本の読者に対して、2010年夏にこの赤い惑星の探検の隠蔽された宇宙探索の件を明かしていました。
 私も手がかりを多く持っていますが、そのひとつは、現在は退役の元宇宙飛行士が同じ発言をしており、またイタリア人ジャーナリストも同じことを指摘したことがあります。
 この宇宙計画の歴史や"bravoxsierra24"さんが送ってくれた他の写真は、次回の調査や2010年に収録したビデオ証言にて公開する予定です。

 さらに何より強調したいのは、アポロ宇宙飛行士のすばらしい仕事についての、このアメリカ人の文章であります。それは、オルドリンが1971年にNASAを去る前、スペースシャトル計画にも従事していたことである。彼の欝とアルコール中毒との過去の戦いの勝利は、その困難な試練の本当の理由が何かについて、私にはつねに不可解に思えました。
 写真について:提供者はビデオを所持していません。大西洋の向こうの誰かから、彼が写真をもらったようです。ビデオ画面の手前で撮ったデジタルカメラ画像です。

 これまで、この話の信憑性は不明であり、情報源も不明ですが、他の証言や手がかりからもこの証言は、公開する価値があり、公に議論する価値があると思います。
ルカ・スキャンタンブロ
イタリア,2011年4月25日
c L. Scantamburlo - www.angelismarriti.it
Reproduced by permission.

コメントです。
なんと、そのmoonwaler1966deltaさんが、2012年になって、アポロ20号などのリーク映像をさらに公開し始めました。・・・そこには火星の動画が!!
"ISVコロンバス" 1973年8月28日



posted by dog_gett at 02:45| Comment(2) | TrackBack(0) | Redsun | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。